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けんぶつざえもん

見たり読んだりしたことについて、ときどき書きます

ルック・オブ・サイレンス見てきた。

 前作は、アンワルやヘルマンのキャラクターに魅力(というのに抵抗はある)があったなぁと思った。実際、加害者を40人以上取材したうちの一人だったというし。
 前作で加害者がどんな自責の念と戦うことになって苦しもうが、見ているほうはさほど心が痛まずにいられて、葛藤して当然と思えた。

 今回は、アディが希望したことであったとしても、被害者の遺族(と言ってもアディ自身は兄が殺された後に誕生している)に胸糞悪い数々のインタビューを見せて表情を撮影するのは正直どうなんだろうかと感じてしまう。監督の正義感とか、こういうものを取りたいという気持ちが強すぎるのでは? あまり被害者に寄り添っているような感じがしないというか。
 また、前作はアクトの側面が効果的だったんだと思う。今回はより静かで、重苦しかった。
 被害者の血を飲んだから正気を保っていられた、そうでないものは気が狂って(?)木に登ったりしていたと語るかつての殺人者においおい、と戦く。
 もう亡くなっている殺人者の遺族のところに訪ねていくあたりとか、訪問を受けた方も困惑していると思う(たとえばアンワルの孫のあの二人とかこれからどうなるんだろうか)。でも、罰せられる恐れも全くなく堂々と出版した本についてカメラに語っていた生前の加害者の横にいた妻が、アディの告白を受けて知りませんと主張するあたりとか醜悪。
 ほかにも、友好的な娘さんが「父は認知症で…」としきりに強調するのも、その父がたくさん話していた場面の直後なので気まずいものがあった。良い関係を築きたいと何度か口にして握手をしていたのは良いことなのかな?とも感じたけど判断しがたい。
 アディの息子が共産主義者の子弟の通う学校で、共産主義者がかつてしたという所業の残酷さと共産主義の否定をショッキングな形で叩き込まれている場面が怖かった。
 1900年代の生まれだという記録のあるアディのお父さんは本当にその年齢なんだろうか。17歳、と言い張る場面など少しだけ和んだけど、ここは知らない家だこわい、こわいってうろたえている場面は悲しかった。